2010年10月20日

SAMSUNG

 韓国のサムソン電子はグローバル規模では随一の家電メーカなのに、どうして日本では振るわないのだろう。売り上げでは日本の大手家電メーカを合わせても太刀打ちできないほど巨大な企業なんだけど。ブランドが好きならトップ企業であるところのこの会社の商品がいいのではと思うんだけど。安かろう悪かろうのイメージがどうしても払拭できないのかな。
 日本のマーケットって護られてるなって感じがする。日本人は閉じた空間でそういう海外の巨大企業の存在を知らされないない、特殊な状況であることにも気づいていないのかな。

 個人的にはサムソンに頑張ってほしい。
 間接的に日本の企業を脅かして、いい方向での体質変革の起爆剤になればなって思う。
posted by 煩悩即菩薩 at 21:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2010年04月18日

無職

 久しぶりに会った友達が会社を辞めていた。
 転職でも下のだろうと思ったら、無職になっていた。
 妻もいて最近子供もできてというのに、普通ではちょっと考えられない、かもしれない。
 ほかの友達も今は独立して一人でのんびりやっている。彼の場合は妻子もいないのでまあいいのかもしれない。二人とも誰でも知っている企業出身者だ。

 理由を聞いたら、忙しすぎたしむしろ嫁が辞めろといったから、だとか。嫁が辞めろっていったのが凄い。今後は独立でもするか、適当にゆっくり(ある意味育児休暇だし)して次を探すかなんてことをいっていた。

 忙しすぎるのは確かにね。つぶれちゃったら意味ないし。
 世の中にはいろんな人がいるから、そういうのでもいい人、仕事で人生という大いなる暇つぶしを燃焼できる人なんてのに過酷なところで働いてもらえばいいわけだし。
 しかしまさか彼が辞めるとはねえ。やめるなって無責任なこといってたけど。でもまったくあせってるように見えないし、むしろせいせいしたって感じでまあよかったのだろうなって思った。

 みんななんだかんだいって生きてはいけるから、彼の場合は優秀だししっかりしてるので躓くようなこともなかろう。それよりも仲間や同僚がばたばたと倒れていく異常事態に気づいて、自分を見つめなおしたってところに、こいつやっぱり自分を持ってるなと感心した。
 もちろん、どこかにうつることばかりがいいことではないけど、愚痴をずっといってたりとか、何かいいことないかなとかいつもぼやいてる、そういう受動的なものでは決してないから。

 後はこの不景気。彼にはうまく行ってほしいねえ。どんなのが彼が望んでいるやり方なのか。また楽しみが増えた。
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2010年03月27日

カステラはポルトガルからだったか

 ひょんなことから半年間スペイン人学生の世話をすることになりました。

 中々よさそうなやつです。日本語喋るし。せっかくこっちにいるのだから日本語をもっと勉強させてやろうという意図で日本語で喋るようにしています。漢字もある程度いけるのでメールも。
 英語話者には英語を、ドイツ語話者にはドイツ語を、日本語話者には日本語を、それぞれぱっぱと切り替えて喋るさまは凄いなと感心するばかり。残念ながらスペイン語話者がまわりにいないのだけど。後は仕事だけどまあきっと問題なくやれることでしょう。うじゃうじゃいるほかの外国人学生と違うのはやはり日本語喋れるアドバンテージが相当にでかいことかな。将来的にはMBAとって経営の方面やりたいとか(ちなみに修士号はドイツの大学でとってる)。

 こいつはいい教育受けてんなあと嘆息。まだ25歳。おごるところも全くない。六本木とか行くともてるよ(阿婆擦れでもよければ)といっても興味なさげ。
 こんな人もいるもんなんだ。

 私の考えた仕事をひとまとまりの課題としてこれからやってもらうのだけど、一緒にやってるこっちがむしろこういう人間からは大いに学ぶところがあるのだろうなと思います。 世界は広い。
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2008年09月13日

他から与えられたリラクゼーション

 ストレスは感じないほうだが、ストレスの多い社会だなとふと思った。ストレスなんていう概念はきっとどこかで発明されたものだろうけど。

 ストレスを解消しようと、何か非日常的なことをする。
 例えば温泉にいく。

 でも、それってきっとイメージとして他から、例えばテレビとか、与えられたものだなと思う。温泉に行けばリラックス(ガス抜き)できる。全てがすべてではないけれど、どこか他から与えられた概念であるようにも思う。
 でもリラックスしてしまう。人の経験の追体験になるが、そんな自分が居る。

 趣味にはお金と時間がかかる。
 趣味は地位でもある。

 温泉にしても趣味にしても、結局は費用が発生する。
 費用が発生しないと、気分転換が出来ないってこともないだろうけど、手っ取り早い方法だ。型に嵌っている最も簡単な方法なのかも。

 どこからが本当に充実していて、どこからが充実したと思わされているのか、その境界線があいまいなのだ。振り返ると自分の存在にもあいまいさがあるし、脆さを感じてしまうなあ。

 いつも何かにせきたてられる心理状況に置かれていると思う。
 まったくストレスの多い社会だな。
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2008年08月11日

自殺予防

 自殺を防止する目的として、「きれいな死に方はない」なんて言葉を目にしたことがある。首をつったら糞尿垂れ流しでどうのこうのだとか、樹海に入れば犬やら虫に死体を食い荒らされるだとか。

 ああ、いやだなと嫌悪感は覚える。
 ただちょっと思ったのが、こうした嫌悪感をもてるのはまだ自分の体を大切な所有物として愛着を持っているからだと。自分の肉体に愛着がなくなれば、上のような脅しはまったく効果を持たないんじゃないか。
 そう思うと、完璧ではないという意味で、頼りない文句に思えてきた。自分の体が大切で未練がある人が大多数を占める限りは、自殺防止できる数の上での効果はあるけれど(だから立派にその役割は果たしている)。

 自殺者がでることはイヤだと思うなら、それが出ないようにしないといけない。そういう世の中でなくてはならない。ただ、死人に口なしで、遺族も回りも隠したり不問に付したりすることで、それがまた今の状態(年間自殺者3万人)を好転するきっかけができないことでもあるんだろう。死は自殺でなくても、忌避されさっさと葬られる傾向があるから。

 精神と肉体の分離というか、なんというか。そういう境地にいけば、生きるも死ぬも関係ない、自殺をする場合は何だか絶望の先に開ける涅槃の境地みたいなところにいきついてしまった状態ともいえるのかもしれない。
 しかし、多くは自分の死後の影響を考えた上で死ぬ場合もあるだろうから、不謹慎だがその場合は悟りは開いていないのかな。
posted by 煩悩即菩薩 at 15:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2008年06月29日

消費財としての労働者

 一緒に仕事をしているやつ(ドイツ人32歳男性サラリーマン)がモジモジしながら電話越しに3人目の子供ができた報告をしてきた。冬に出産予定らしい。おおすばらしい。これで少子化抑止のノルマ達成だ。おめでとう。

 そして3ヶ月間、育児休暇をとるのだと。
 家を替わったりと大変だといっていたが、まあその通りだろう。

 「3人目ってすごいな、事故か?」って聞いたら
 「ウン、そんな感じ(泣)」だって。

 余りに激しすぎてホットになってしまいラバーがバーストしたのかとか、3秒ルールとかいってガチンコ勝負したのかということについては生々しいし知りたくないので触れないことにした。

 男の3ヶ月育休っていいなあ。社会福祉先進国は違うなあ。
 日本人の海外旅行弾丸ツアーも休みが少ないからだし。写真ばちゃばちゃとるって笑うけど、写真とって後でみるようにしないと、白い人たちのように脳みそに焼きつくまで場所を堪能する時間なんてないんだよね。カップルでチャリンコこいで中央アジア経由でイスタンブールにくるようなことなんてできんよ。

 ああ、消費財としての労働者世界。
 虚栄と拝金と物質主義の世界。そこでは労働者までが市場価値に還元された消費の対象だ。そういうことに疑問を持つ時間も、アクションを起こす時間も赦されない。多くの国民がノンポリである事実は、精神的な貧しさにあるのかなあ。
posted by 煩悩即菩薩 at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2008年05月10日

国を思うならば

 自民党が外国人へ発給するビザの期間を延長しようとしているというニュースを見かけた。滞在期間を延ばしたところでそんなに効果ないと思うけどなあ。

 まあそれもこれも少子化のおかげ。子供が居なくなることで日本の将来の労働力の絶対数は減少する。仕事優先の劣悪な労働環境と、第二の経済大国の地位を謳歌しているくせに先進国の中では低い給与所得という現状ではどうしようもない。子供のことなんて考えられるはずは無いし、子供は社会全体で育てるものなんて頭もなくなってしまう。
 一方で労働というのはある側面では人間を訓育する道具として利用されるぐらいだから(歴史的にみても、刑務所で使用される例を見ても)、そんな劣悪な環境を不思議と思わない状況をも作り出せてしまう。働いて他人から評価をえて、お金をもらって悦に入る。もう一つ、日本人の大政翼賛的、保守的な性質がそれを手伝っているのかな。
 そんな中では自己中心的な拝金・物質主義的な若者しか育たないし(私もちょっとそうなのかな)、少子化対策なんて論外かなと。子育てがコストで論じられたりするし。そういう風に単純化した損得勘定で見られることに危惧を覚える。

 前からこのままだと外国人に頼らないと、日本は立ち行かなくなるだろうなとは思っている。外国人嫌いな(というか外国人になれていない、外国人が住みやすいようにはなっていない)国が、外国人に頼らないといけないというのも皮肉な話だけど(これって国策なのかなって思ってしまうぐらい)。既に自給率の点では、外国頼りだけど。
 中国人観光客が大挙して日本に押し寄せて、自分の国で売られているブランド物を買いあさっているという番組をやっている。「マナーが悪い」と名高い中国人観光客だけど(日本人も昔はあんまり変わらないんじゃないかね)、そんな中国人が日本に貢献してくれてるってのも片腹痛い。

 国益や愛国精神を論ずるなら(それはそれでいいと思うけど)、まずは将来の手前の生活を支えてくれる将来の人材をどうするのか解決するための「行動」を起こしたほうがよいのではと思う。いや、単に無責任にうめよ増やせよっていうわけじゃなくね。そうでないとそんなお手前の高尚な理論を引き継ぎ、実施してくれる人もいなくなってしまう。大人も子供も老人も、全てが住みやすい国にしないと夢物語のようなことだけど、やっぱりうまくはいかんものだ。
 
 教育があって、収入も高くてというのだけでなく、もう一つ後進を育てる意識も高いというのも、一つの評価されるべきものではないかなと思う。それともこのまま破滅の道を歩むかだ。
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2008年02月17日

貧乏子だくさん

 貧乏子だくさんという言葉があったと思うが、ふとこれは生物学というか進化論的視点といっていいのかそういう科学的な視点から見ると貧乏がゆえに生命の危機に瀕しており、できるだけたくさんの子孫を残す意味があるのではないかと素朴に思った。科学的とは言えど科学的根拠はない、あくまで素朴に。

 この間おばあちゃんがふと「私の兄弟は少なかったから当時は恥ずかしかったが(うんで増やして兵隊さんを増やさないといけなかったから)、今は寧ろ子供が多いほうが恥ずかしいという風潮がある」というふうなことをいっていた。これは面白いものだなと思った。

 貧乏人が子沢山になるのは他に娯楽がないから、みたいなちょっと人を見下した感のある話もあるが、子孫の存続という観点からみてそういうことが当てはまると興味深いなと思った次第。(たくさんいればより強い子供が必然的に残ることになる)
 アフリカや途上国の貧しい人たちは子沢山。でも富裕なアラブの人とかも子沢山。これらは意味が違うのかもしれないけど。以上雑感。
posted by 煩悩即菩薩 at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2008年01月07日

電車でガキがうるさいんです

 新幹線やら電車やらで移動する際に子供がいると困ることがあります。ぐずったり泣いたりするんです。
 この世の中は、少なくとも日本は大人用に作られた社会になっており、子供や老人には優しくありません。障害者にも、多分。従って子供が「うぎゃ」でも泣こうものなら冷たい視線の嵐が吹き荒れます。勿論理解してくださる方もありますが、殆どはそうではないです。かくいう自分自身もうるさいと思います。
 こっちも他人様に迷惑はかけたくないと思いますが、こればかりは自然のことなので中々対策に難しいのです。そうでない親もいますがね。

 ということで常日頃痛い目に合わされている教訓を活かし、今回の帰省では次のことを試しました。効果は覿面。世間様にもご迷惑かけることなく往路復路を制覇することができました。
 ・早起きする
 ・そのまま外に連れ出しあそばせる
 ・極限まで空腹にしておき、食べさせる
 新幹線の中では爆睡であります。すばらしい。
 これで「熱い風呂に入れる」というのがあれば最強。向かうところ敵無しでしょうね。

 これがもう少し大きくなってから効き目があるかどうかは分からないですが(現在一歳とちょっと)。困っている方は試してみてくださいませ。というか泣き声うるさいから試してくださいお願いします。
posted by 煩悩即菩薩 at 18:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年11月11日

親のモラル

 子供をつれてデパートにいった。丁度子供を遊ばせるスペースがあったので、そこに放置して子供そして親を観察してみた。
 子供同士というのは遠慮とかいう仕組みが根付いていないせいか、割と残酷な部分がむき出しになっていて楽しい。それはいずれは社会のルールやマナーというからに多い歌舞されていくのだと思う。

 とりあえずよほどのことがない限りはうちの子供は放置。
 残酷な世間という奴をひがまない程度味わっておくれ。

 子供を放置して居眠りしたり本を読んでいる親。
 お疲れ様って感じでまあいいのかなあ。でもこれは「おかしいな」と思った。ただ、結果的に自分の子供が他の子供に悪さや酷いことをしていても知らぬ存ぜずになってしまっている。結構あんたの子供ひどいことしてるよ?
 咳をしている子供を遊び場に投入してきた親。
 おいおい、感染したらどうするつもりなんだよ…。

 で、本日めでたくうちの子供が感染したっぽいです。やれやれ。
posted by 煩悩即菩薩 at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年10月08日

自由

 自由を要求するならば、そのまえに自由が何であるかを知らなければならない。何がほしいのか分からないまま、何かを要求することほど浅薄なことはない。
posted by 煩悩即菩薩 at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

転職考

 転職します。入社する前から恐らくずっとはいないだろうなと考えていたのですが、それが現実となりました。入社する前、というのは昔の友達の言で「恐らくお前がこれから入る会社に5年もいればどこでもいけるよ」といわれたのがちょっとしたきっかけでした。二心ありの状態で仕事をしてきたわけではないですが、いつかはくるかなと考えていました。
 国内で(海外でも)知らない人はいない会社ですが、家族もありそこからの転職というのはよほどの覚悟がなければという感じもあるかもしれません。実際はそんな感じでもなかったです。会社がいくら大きくても自分の働く環境が自分の望むものとあっていなければ、それは意味がないことで、お互いにとって不幸だと思います。
 もともときついということは知っていましたし、これからもやれないことはないと思いますが、丁度自分の関わっているプロジェクトも終わる区切りだし、今しかなかったと思っています。断っておきますが今の会社にうらみなどはないですし、少なくともその他多数のところよりはよっぽどよい会社だと思っています。いわゆる贅沢な悩みです。

 残業というのは私は悪いことであると捕らえています。私は小学生の頃は超がつくほどの劣等性で、よく居残りをさせられていました。これと同じ。そう考えると何故居残りをするほどよいのかという価値観がよくわかりません。残業代の支払いというのもそういう風潮に拍車をかけている。自己犠牲の美学がまかり通っている。
 仕事柄海外の人とのつながりがありましたが、彼等が口をそろえて言うのは日本人の過度の残業についてでした。彼らと関われば関わるほどその思いは強くなったと思います。

 過度の残業が雇用の機会を減らしているという話もあります。仕事は男がやり、家事は女がやる、それが当たり前という状況の打開もできません。女にもせっかく有能な人がいるのですが、意思があるのにその機会に恵まれない人は勿体無いです(これは以前も書きましたが)。

 家族の意味についても考えました。
 家族って何でしょうか。家にお金を入れれば家族でしょうか。家族は家族の構成員一人一人がその集団を作り上げてゆくからこそ家族なんだと思っています。その観点に立脚するとお金を入れるだけの存在は家族でしょうか。家族には人間関係が介在する以上、それでよいというのはお金のためにいる外側の人でしかないです。人間関係が存在しないのですから。
 父親面は、できないですよね?(恐らく子供が成長してからは顕著でしょう。もはや子供は家族扱いはしてくれないと思います。居場所がないということです)父親の定義の違いでしょうか。

 とにかく以上のことがどうしてもできない人がいるのは分かっています。それが日本の大半を占める社会だということも分かっています。ただその流れに身を任すのだけはしたくありませんでした。会社の悪口を言うならやめろよ、その状況を打開する気がないならやめろよ。ないな。じゃあやめようと思いました。(それが理由の一つなだけですが)
 いつかはそうでない社会がくればいいですね。というか働きたい人は働けばいいし、色んな価値観があっても良いような社会がくればいいなと思っています。絵空事のようですが色んな価値観を飲み込める許容量をもってこそ成熟した社会といえると思います。こういう思いは自営業の父親をもち、常に家族は一緒だった背景があるから強いのかもしれません。

 ところで肝心の転職活動ですが、思っていたよりもかなりとんとん拍子にいきました。複数の会社に応募しましたが殆どがうまくいきました。これはかなり予想に反していました。自分がしてきたこと、自分がこれからやりたいこと、なぜ転職するのかという三つのポイントさえ抑えて自分の言葉で話すことが出来れば大概のところはいけるものなのだなと思いました。
 ただこれは今の売り手市場が追い風になっているという事情は否めないと思います。今後また雇用が縮小することもあるかもしれませんし、それは株式投資のようなものかなと。

 さて次のところは実際いってみないと事情は分からないです。ただ、私の希望の大半はかなえられる条件で迎え入れてくれました。数年たってみて、私はどう思っているでしょうか。自分で決めたことです、会社の異動の様に人に決められたことではありません。後悔することはないでしょう。後悔するというのは議論のレベルが違っていると思います。
posted by 煩悩即菩薩 at 20:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年09月30日

いやだなと思うこと

 いやだなと思うこと。
 煙草を吸わないので煙草の煙はいやだなと思うのは当たり前のことだけど(飲食店とかで隣でやられると辛くて悲しいもんだ)、最近はまた他にもいやなことがでてきた。

 エレベータに乗る若年層。
 若いんだから動きなよ。年寄りが入れなかったり、ベビーカーの人が入れなくても平然としてる。
 個人的にエレベータに乗るのは3階以上移動する場合とか勝手に基準を決めています。そもそも殆ど乗りません。エレベータ待つ時間の方が勿体無くね?

 深夜0時以降の騒音。
 これで隣の人と争いになったことがある。聞きたくない音楽を低音でドンツクドンツクやられたらたまらんよ。期限は0時まででお願いします。

 多少のことを我慢できる広い心を持つことも大事かなとも思うが、そういうのは中々育たないものだ。
posted by 煩悩即菩薩 at 17:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年02月12日

少子化対策メモ

 「産む機械」発言とかで紛糾しているそうですが、アホらしいなと無関心派です。
 少子化対策に関して思ったのですが、国民が採る少子化対策の一つとして「産まない」少子化対策というのはどうでしょうか。
 国として少子化対策は仕方なく、不承不承やっているように思っています。真面目にやってないと思うのですよ。だから産まない。ボイコットで逼迫していただくわけです。
 今産んでも、病んだ現代社会に自分の子供をやるというのもかわいそうだし、そんなに十分な補助が受けられるわけでもない。社会からも理解がない。男は残業で疲れて帰ってくる濡れ雑巾。出会いの場もない。そんな状況でわざわざ無理矢理生むことはない。

 ただ、待ってたら子供が埋める年齢を過ぎてしまったりしますが。
 チキン・ランみたいな感じですね。
posted by 煩悩即菩薩 at 20:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年02月03日

News to the world

 ニュースには実体がない。ニュースは人間の言語を媒介として、あたかもそこにあるかのように取り扱われる。ニュースを作り出すのは人間である。
 人の興味を引かないものはニュースになりにくい。ニュースとして取り扱われても、その寿命は短い。お金になるニュースの息は長い。

 お金みたいなものか。
 お金も人間が作り出したもので、信用によって流通している。
 人間というのはそこにないものを取り扱えるのが面白い。

 人生も存在しないし、恋愛も存在しない。さもそこにあるように扱われ、それに分析を加える動きすらある。それがニュース(話のネタ)にもなる。人間が作り出した概念を、人間がもてあそび愉しむ。
 虚妄に確信を置いて社会を作り出し、それで世界が動いている、砂上の楼閣のような脆さが実はあるような感じがする。けれどもそれはすでに磐石な基盤をなしていてそうそう揺るぎそうにもない。
posted by 煩悩即菩薩 at 16:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2007年01月28日

読書と倦怠

 何かが知りたいと思っていろいろな本を読んでいる。
 近頃は哲学、文学と裾野が広がってきた。多くは古典といわれるものだ。
 あまり読書の速度は速くないので、一向に冊数は稼げない。どこへ行くにも本を携行する。

 読書だけでは飽きてくるので、ネット上でもそういうものを中心に読んでいる。色んな知識やものの見方を知るのは面白い経験なのだけれど、どうも要領を得ない。自分が求めているものと少し違うのではないかと思う。

 日常生活はそれなりに安定しているし、充足もしている。けれども何か足りないように思うのは現代病なのか。もやもやとした不安と倦怠感が体にまとわり付いて離れない。仕事に忘我を求めようとは思わない。これがいけないのかな。

 きっと何を求めているかが分からないからこういう無間地獄にはまり込んでいるのだろうなあ。
 頭でばかり経験して体で経験していないのも、主な原因なのかもな。
posted by 煩悩即菩薩 at 15:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2006年11月04日

タクシー

 近頃タクシーの利用を見直してみた。
 タクシーを使うというのはとても高価なものだという概念を見直した。
 私は車を持っていないが、比較的都会に住んでいるため電車がその代わりをしてくれる。勿論それではいけないようなところは存在するのだけど。

 元来そんなに気前がいいほうでもないため、タクシーを乗ることをケチっていたきらいがある。これまでは飲みすぎて終電を逃した時に仕方なく乗り合いで利用していたはしていたが。

 よく考えると車をもっていないということは、すなわちそれだけの諸経費が浮いている。これをタクシーにまわしてもまだ足がでるということが分かった。それ以来ケチらず時間と労力をお金で購入することにした。

 学生時代には考えられなかったことだけど、環境が変われば考え方も変わるなと思った一つの出来事だ。大人になったなあとは思わないが、人間かわるものだと少しだけ思った。
posted by 煩悩即菩薩 at 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2006年09月21日

電網上の社会性動物

 mixiを初めとするコミュニティサイトが猛威を振るっているのは衆知の通り。最近は上場するし、凄いもんだなと傍観していました。たぶん傍観しかしないけど。
続きを読む
posted by 煩悩即菩薩 at 21:55 | Comment(13) | TrackBack(0) | 雑記

2006年09月18日

Hey alcohol!

 英語の空耳。

 Head like a hole.が
 Hey alcoholに聞こえていたため、
 I'd rather die 'to' give you controlと続けて聞こえていた。

 つまり、これはアル中の歌なんだなって長らく解釈していた。
 そうであっても、こう、ラリッた感じのいい歌にならない?
 そんなことないか。

 You're going to get what you deserve.
posted by 煩悩即菩薩 at 01:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

2006年09月15日

三連休⇒三連勤と読み替える

 今月はウホホイなことが殆どねえよ。(あったけど、ねえよ←天邪鬼)

 試験の勉強をしていたころは、この試験が終わったらなになにをしたい、っていう気持ちがあったけど、そんなものすりゃでてこね。臓物ぶっこわしてメンヘルになってもまだ働いてる人見ると、ああもう馬鹿らしくなってくる。
 労働者の扱いに格段の違いがあるヨーロッパ人と働いていると、日本国が情けなくなってくる(同時に、いつまでそれが維持できるのかも疑問なんだけど)。ああやっぱ敗戦国なんだなって半世紀前のことのせいにしたくなる。

 そんなに辛かないけど、わが身を情けなく思うております。
 こういうときこそアクティブに動かないと、マンネリから脱出できないんだよなあ。感性が磨耗しやすくなっちゃってるのがわかっていやだな。

 「何かいいことないかな」ってのは大嫌いな言葉なんだけど。
 おう、そうだ。ウホホイ経験は自分で勝ち取るもんだな。よし(←がんばるらしい)。
posted by 煩悩即菩薩 at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記

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