ドイツの南東部に位置する町ニュルンベルグは、ユダヤ人差別が法制化され、ナチス党幹部が最後の審判を受けた場所として歴史に名を残している。そのニュルンベルグの中央駅から9番トラムにのり十数分、ローマのコロッセオを髣髴とさせる巨大な蹄鉄型の建物が見えてくる。ドクツェントラムだ。ナチスドイツ時代の関連資料を展示してある博物館だが、この建物には歴史がある。実はもともとナチス党会議場として建設され、周辺の巨大な軍事施設とともに計画された、第三帝国の「意思」の跡のひとつなのだ。プロパガンダを駆使した政権としても有名なナチスだけに、視覚に訴えかけてくる大仰なものであり、これらの一連の巨大な施設跡には圧倒される。
アルベルト・シュペーアの設計のもと、いかにしてこの一連の施設が建てられたかは、博物館の展示に詳しい。また、実際にこれらの施設がどう使われたかは、リーフェンシュタールの「意思の勝利」をみればよいだろう。(ちなみに現在はその殆どが廃墟になったり公園になったりと市民の広場として利用されている。)
自分自身、恥ずかしながら第二次大戦に関する知識はあまり持ち合わせていない上、ナチス、ヒトラーに関しては臭い物に蓋をするかのように特に興味をもってこなかった。ただ、図らずも以前、アウシュビッツ強制収容所を訪れたことがあり、ナチスとはどういう組織でどんなものだったのかということには薄いながらも興味はあった。ドクツェントラムは、アウシュビッツとは正反対の視点でそれを知るにはうって付けの場所だ。
アウシュビッツといい、ドクツェントルムといいそして広島の原爆資料館といい、人類のある側面を知るには大変興味深い施設だ。しかも前者二つは実際に使用された施設として、戦後60年たった今でもヒトラーの強力な「意思」の痕跡を見ることができる場所である。
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意図しないながらも自分にとってドイツは身近な国になってしまっている。そうなるとドイツ人とナチスについての話をすることもある(興味もあるし)。しかし己が知識量は限られており、やはりナチスを知るには、その(悪の?)聖典は「わが闘争」だろうと思い、手に取り読み始めたのがつい最近。そうこうしていたらタイミングよくこの映画を知った。「ヒトラー〜最後の12日間〜」だ
丁度近頃横浜でも封切ったらしく、上映されている横浜ニューテアトルまで先日足を運んだ。小さな劇場ということもあり、場外に人がはみ出して並んでいた。実は知人から立ち見がでているといううわさも聞きており、案外と人気なんだなと思っていたら、その映画館の係員の方が行列の写真をとっているではないか。何だ面白いことをしているなと思ったら、さらに入場後に人が全て入った状態で断りを入れて写真を撮っていた。どうもこういう状態になったのが1年ぶりだったとか。館内では暖かい拍手が沸いていた。
さて、肝心の映画の感想だが、重いの一言に尽きる。面白いとか、いいとか悪いとか、ちょっと単純なものではない。
細かいところではヒトラーの手のふるえや、ゲッベルスの片足をひきずるような歩き方なども描写されており、ああ忠実に再現しているのだなと感じた(もちろんそれだけでないが)。後、最後のスタッフロールにを見ると意外に多くのロシア人がかかわっているところが、名前からわかり面白い。
この映画は自分としては彼の論理とその論理を貫き通す意思の強さ、そしてその意思が崩壊したときの破滅の有様を描いているように感じた。強力なリーダーを失った人間の集団が、どういう状態になるかについての描写がなされているのではないか。ヒトラーの自殺とともに、彼の意思の追従者、関係者も地下壕内で消えてゆくが。ヒトラーの死がこの映画の最後ではない。
最後のトラドゥル・ユンゲへのインタビューは、ドクツェントラムで上映されている資料映画で見た一般市民へのインタビューと重なった。一般市民は何も知らなかった、という具合だ。(ちなみに彼女を採用するときにヒトラーが「ミュンヘンか…」と懐かしげにいったのは、ナチスの始まりの地だったからかな)悲しいことに人々がその狂気を自覚するのは、いつもそのことが起こった後なのだ。
一度は焦土と化したニュルンベルグ市内は、現在、城壁に囲まれた美しい町として元の姿を取り戻している。そしてヒトラーが愛したといわれているこの町には、今だ彼の意思の痕跡をみることができる。ドクツェントラムはその歴史をこれからも人々に残してゆくだろう。この映画はさながらこういう資料館を訪ねた後のような、複雑な気分を味わうこともできる。***
「わが闘争」は、ヒトラーの誇大妄想をよくあらわした本だといわれている。確かに滅茶苦茶な論理が跋扈しているが、必ずしも間違っているとはいえない箇所、こういう見方もあったのかと思わされる箇所もある。その中で有名な言葉にこういうものがある。
「単純な概念を繰り返し反復することだけが、
結局大衆に覚えさせることができるのだ。」
この現代にも二分法を用い、単純な言葉を用いて大衆を扇動し、世界を混乱に貶めている人間がいる。その姿に今も尚、ヒトラーの意思の亡霊を見ているような気がする。
我々は「二度と同じ過ちを繰り返さないよう」などとは言いながら、後になって「若かった、知らなかった」と言うような轍を踏んでいやしまいか。
戦争犯罪というよりも、ユダヤ民族抹殺という人類史に残る暴挙をなしたナチスに対しては、厳正な処罰は当然であった。しかし、ナチスを支持したドイツ国民にも当然、責任があるはずだ(ドイツ国民の言い分は知っているが) また、英仏が第一次対戦の結果、過度な戦後賠償をドイツに課して疲弊させ、国民の鬱積を煽った事がナチス台頭の土壌になったわけであるし、ナチスを初期
段階で封じなかった事(チャーチルはナチスの脅威に、早くから警鐘を鳴らしていたらしいが)も大きな失策であった。さらにマクロ的に見れば当時の列強による帝国主義・植民地政策による競合
がベースにあった。当時の世界の人権意識や倫理観は、現代と隔たりがある事を忘れてはいけい。
そうした時代背景の中から、あのような狂気が生まれた事も冷静に斟酌するべきだろう。逆説的に
言えば、ヒトラーのような個性が現れても狂気に走らないような成熟した社会・倫理を築かなければならない。省利や個人の既得権益最優先の役人が牛耳り、ノンポリ国民が多数を占める社会は、
成熟とはほど遠いし、ましろ退廃へ向かっているのかもしれない。
人間は、国家・宗教・民族の名の下に狂気に走る危険性を持っている事を自覚しなければならないが、国際政治は倫理ではなく、”力(軍事・経済・外交)”で動く現実も忘れてはならない。
いずれにせよ、ドイツでヒトラー映画を製作する事には大変な決意が必要であろうから、この映画は楽しみである。
こういう凄いサイトもあるようだ。
http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/sohiasenseinogyakutensaiban2_mokuji.html
元 軍人 木村繁次郎
確かに同時代に体験した人にとっては、所詮劇なので面白くないかもしれないですね。ところで本物の戦争体験者のコメントがこのようにあるとは思いませんでした。(ホームページ拝見しました。http://www.eonet.ne.jp/~skk/index.html)
ちなみに逝った私の祖父はインドネシア、中国と転戦し、最後はシベリア抑留に遭い、どうにかダモイできておりました。(国では葬式が終わっていたとか)
残念なことに今はもう雲の上にいらっしゃるため、話がききたくてもきけません。今まだいきてたら色々きくんだけどなあ…。
>ドクツェントラムは、アウシュビッツとは正反対の
>視点でそれを知るにはうって付けの場所だ。
この観点って大事ですね。
『Der Untergang』がドイツ映画祭2005で上演されたとき、舞台で挨拶した監督が、「もしこの映画を通じてナチスとヒトラーに関心を持ったのならば、ぜひ、同じ映画祭で上映されるゾフィー・ショルの映画もご覧下さい。これはある意味、正反対の視点からの映画です」と語っていたのが印象的でした。それは
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5986
↑この映画です。作品ごとに好き嫌いはあるでしょうけど、こうした「対照的な視点」を味わうと、その相乗効果によって洞察力が深まる感じがしますね。
一方、ファシズムが隠したがった建築の名残りであるアウシュビッツとビルケナウは、私も実物を見たことがあります。施設の広大さと博物館の展示内容には圧倒されました。
今はルイポルトアリーナ(だったっけ)も普通の公園になってたりしますが、当時の面影をの越しています。かなり広大な敷地なので、歩いて回るにはいい運動になるかもしれません。
建築の専門知識というのがないので、よくわからないところが勿体無いですが、それでも一種異様な雰囲気は感じることが出来ましたよ。ニュルンベルグ市内は1日もあれば回れますから、もう一日をドクツエントラムへ…というのがいいかもしれません。わたしは行かなかったですが、ニュルンベルグ裁判のあった場所もまだ残っているようです。興味がない人にはとことん興味の対象外な場所かもしれません。そんなところがまた魅力のひとつです。
アウシュビッツとビルケナウは、あれもすごいところですね。衝撃を受けたのは、髪の毛の束の山です。なんかあれはリアルに迫ってくるものがありました。
関係ないですが、毛沢東はもっと多くの人を虐殺したという話を聞きました。毛沢東主席虐殺記念資料館なんていうのはできないのでしょうかね。