2007年02月10日

嘔吐

  J.Pサルトルの書いた小説です。最近哲学めいてきていますが、きっと心が青春しているのでしょう(第三次性徴期でしょう)。私にとっては初めてのフランス文学になります。ある三十路男の日常を淡々と記してあるのですが、退屈な部分はとことん退屈ですがたまに気が触れたような、錯乱にも似た彼の認識が急回転するところがありますが、その部分の描写に引き込まれます。
 あまり文学作品と呼ばれているものは読んでこなかったのですが、このサルトルの物事に対する描写が微に入り細を穿った文章表現(訳者の力量もあるのかなあ)で、初めての感覚でした。そもそも物の認識についての話でもあるため、そういう表現が多様に使われているのでしょうけど。

 本のメッセージは「存在」とは何なのか、ということでしょうか。自分を含めたあらゆるものとは何なのか。過去の自分とは今の自分なのか。このあたりの描写がめまぐるしく展開します。

 何だか分からないですが、劇中に出てくる女の「私は生き延びているのよ」という台詞が妙に心に刺さりました。
 生き延びている。無意味に。

 嘔吐というのは、吐瀉物そのものというよりは「むかつき」とか「いらだち」というものかと思います。いわゆる現代の若者が良く口にする「ムカつく」というのが近いかと。
 普通に生活ができる。基本的には満たされている。生きていくには支障がない。
 だが、何かムカつく。
 難しいですがあれですかね、サルトルは人は自由の刑に処されている。といったそうですが、刑罰を受けている状態、煉獄とでもいうのでしょうか。そういう今に通じる気分を描いた物語でもあるかと思いました。

 他にもありますが、割と衝撃は大きかったと思います。
 うーむ、文学っていいですね。
posted by 煩悩即菩薩 at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー
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