2008年08月11日

自殺予防

 自殺を防止する目的として、「きれいな死に方はない」なんて言葉を目にしたことがある。首をつったら糞尿垂れ流しでどうのこうのだとか、樹海に入れば犬やら虫に死体を食い荒らされるだとか。

 ああ、いやだなと嫌悪感は覚える。
 ただちょっと思ったのが、こうした嫌悪感をもてるのはまだ自分の体を大切な所有物として愛着を持っているからだと。自分の肉体に愛着がなくなれば、上のような脅しはまったく効果を持たないんじゃないか。
 そう思うと、完璧ではないという意味で、頼りない文句に思えてきた。自分の体が大切で未練がある人が大多数を占める限りは、自殺防止できる数の上での効果はあるけれど(だから立派にその役割は果たしている)。

 自殺者がでることはイヤだと思うなら、それが出ないようにしないといけない。そういう世の中でなくてはならない。ただ、死人に口なしで、遺族も回りも隠したり不問に付したりすることで、それがまた今の状態(年間自殺者3万人)を好転するきっかけができないことでもあるんだろう。死は自殺でなくても、忌避されさっさと葬られる傾向があるから。

 精神と肉体の分離というか、なんというか。そういう境地にいけば、生きるも死ぬも関係ない、自殺をする場合は何だか絶望の先に開ける涅槃の境地みたいなところにいきついてしまった状態ともいえるのかもしれない。
 しかし、多くは自分の死後の影響を考えた上で死ぬ場合もあるだろうから、不謹慎だがその場合は悟りは開いていないのかな。
posted by 煩悩即菩薩 at 15:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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