2008年06月29日

消費財としての労働者

 一緒に仕事をしているやつ(ドイツ人32歳男性サラリーマン)がモジモジしながら電話越しに3人目の子供ができた報告をしてきた。冬に出産予定らしい。おおすばらしい。これで少子化抑止のノルマ達成だ。おめでとう。

 そして3ヶ月間、育児休暇をとるのだと。
 家を替わったりと大変だといっていたが、まあその通りだろう。

 「3人目ってすごいな、事故か?」って聞いたら
 「ウン、そんな感じ(泣)」だって。

 余りに激しすぎてホットになってしまいラバーがバーストしたのかとか、3秒ルールとかいってガチンコ勝負したのかということについては生々しいし知りたくないので触れないことにした。

 男の3ヶ月育休っていいなあ。社会福祉先進国は違うなあ。
 日本人の海外旅行弾丸ツアーも休みが少ないからだし。写真ばちゃばちゃとるって笑うけど、写真とって後でみるようにしないと、白い人たちのように脳みそに焼きつくまで場所を堪能する時間なんてないんだよね。カップルでチャリンコこいで中央アジア経由でイスタンブールにくるようなことなんてできんよ。

 ああ、消費財としての労働者世界。
 虚栄と拝金と物質主義の世界。そこでは労働者までが市場価値に還元された消費の対象だ。そういうことに疑問を持つ時間も、アクションを起こす時間も赦されない。多くの国民がノンポリである事実は、精神的な貧しさにあるのかなあ。
posted by 煩悩即菩薩 at 11:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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